インテルGaudi 3の可能性とは?
インテルGaudi 3、NVIDIA H200に30%性能向上と言われるが、その真価をどう見抜くか?
「おや、インテルがまた面白いことを言ってきたな」
初めてそのニュースを見た時、正直なところ、私はそう思ったんですよ。あなたも同じように感じませんでしたか?「インテルGaudi 3がNVIDIA H200に比べて、特定のAIワークロードで30%もの性能向上を達成した」という発表は、まさにAI業界の風景を一変させる可能性を秘めている、と。でも、同時に長年この業界を見てきた私としては、「ほう、また来たか」という、どこか懐疑的な目線も禁じ得ないわけです。
ご存知の通り、このAIアクセラレータ市場は、今やテクノロジー界で最も熱い戦場の1つです。特に大規模言語モデル(LLM)の学習と推論の需要が爆発的に高まる中で、NVIDIAのGPU、特にHopperアーキテクチャのH100や、その強化版であるH200、そしてBlackwell世代のGB200といった製品群が市場を席巻してきました。彼らのCUDAエコシステムはあまりにも強固で、多くのスタートアップから大企業まで、事実上の標準として根付いています。
私自身、この20年間で、NVIDIAの牙城に挑もうとする数え切れないほどの挑戦者たちを見てきました。AMDのInstinctシリーズもそうですし、GoogleのTPU、アマゾンのTrainiumやInferentia、さらには様々なスタートアップが独自のAIチップを開発しては、NVIDIAの強靭なソフトウェアスタックと開発者コミュニティの壁に跳ね返されてきました。だからこそ、今回インテルが打ち出した「性能30%向上」という数字には、並々ならぬ覚悟と、もしかしたら本当に潮目が変わるかもしれない、そんな期待が入り混じっているんです。
なぜ今、Gaudi 3なのか?インテルの本気度を探る
インテルがAIアクセラレータ市場に本腰を入れ始めたのは、実は少し前から。2019年にHabana Labsを20億ドルで買収したのがその象徴です。彼らは、AIに特化したMIMD(Multiple Instruction, Multiple Data)アーキテクチャを持つGaudiチップを開発していました。それまでのインテルは、Xeon CPUにAI機能を統合したり、Xeon PhiのようなGPGPUライクなアプローチを試みたりしていましたが、Habana Labsの買収は、AI専用アクセラレータという明確な方向性を示した転換点だったと言えるでしょう。
Gaudi 2はすでにMicrosoft AzureやAWS、Dell Technologiesといった主要なクラウドプロバイダーやOEMに採用され、一定の評価を得ていました。そして今回発表されたGaudi 3は、その進化版。単なるスペックアップに留まらない、インテルのAI戦略の中核を担う製品として位置づけられています。
では、この「30%性能向上」という数字の裏側には何があるのでしょうか。
Gaudi 3の心臓部には、TSMCの5nmプロセスで製造された革新的なチップが使われています。最大の強化点の1つは、やはりメモリ。前世代のHBM2eから最新のHBM3Eへと進化し、128GBもの大容量と3.7TB/sという驚異的なメモリ帯域幅を実現しています。これは、LLMのような巨大なモデルを扱う上で非常に重要な要素です。NVIDIA H200もHBM3Eを搭載していますが、Gaudi 3はより多くのメモリ容量と帯域幅を提供し、特に推論ワークロードにおいてそのアドバンテージを発揮するとインテルは主張しています。具体的には、LLaMA-7B、Mixtral-8x7B、そしてGPT-3 175Bのような代表的なモデルの推論スループットで、NVIDIA H200に対して最大30%優位性があると発表されています。さらに、H100と比較して学習性能では1.7倍速いとも。
もう1つの大きな特徴は、そのインターコネクト戦略です。Gaudi 3は、標準的なEthernetベースのRDMA over Converged Ethernet (RoCE) を採用しています。これは、NVIDIAが採用するInfiniBandとは対照的です。RoCEは、汎用的なEthernetインフラを活用できるため、既存のデータセンター環境への導入が容易で、TCO(総所有コスト)を抑えられる可能性があります。24個の200GbEポートを搭載し、最大数千チップ規模でのスケーラビリティを謳っている点は、大規模なAIスーパーコンピュータを構築したい企業にとっては魅力的に映るはずです。専用のInfiniBandネットワークを構築する手間やコストを考えると、Ethernetは大きなアドバンテージになり得るわけです。
そして、ソフトウェアエコシステム。NVIDIAのCUDAがあまりにも強固な壁になっていることは、誰もが認めるところです。インテルはこれに対し、oneAPIというオープンなプログラミングモデルを推進していますが、正直なところ、まだCUDAほどの開発者コミュニティを築けているとは言えません。しかし、Gaudi 3はPyTorchやTensorFlowといった主要なMLフレームワークにネイティブに対応しており、開発者は既存のコードベースを比較的容易に移行できるとされています。また、インテルはOpenVINOのような推論に特化した最適化ツールも提供しており、特にエッジデバイスやデータセンターでの推論パフォーマンス向上に注力しています。この辺りは、インテルの長年のソフトウェア開発のノウハウが活かされている部分でしょう。
では、NVIDIAは指をくわえているだけなのか?
もちろん、そんなはずがありません。NVIDIA H200自体、Hopperアーキテクチャの進化版であり、Gaudi 3が比較対象とするのは、言ってみればNVIDIAの現行世代の製品です。NVIDIAはすでに次世代のBlackwellアーキテクチャ、具体的にはGB200を発表しており、こちらはH200を大きく上回る性能と、NVLink-C2Cによって結合された巨大なシステム構成(NVL72ラックなど)が特徴です。NVIDIAは単一チップの性能だけでなく、システム全体でのスケーラビリティとパフォーマンスの最適化に強みを持っています。
Gaudi 3が「H200に30%優位」という数字を出したところで、NVIDIAの真の脅威はBlackwell世代のGB200システムにある、という見方もできます。AIアクセラレータの競争は、もはや単一チップのピーク性能勝負ではなく、HBMのような高帯域幅メモリ、インターコネクト技術、そして何よりも強固なソフトウェアエコシステム、さらにはTSMCのようなファウンドリとの強力なパートナーシップによる供給能力、CoWoSなどの先進パッケージング技術の活用など、多角的な側面で繰り広げられているのです。
投資家と技術者が今、考えるべきこと
もしあなたが投資家なら、このインテルの発表をどう評価すべきでしょうか? まず、ベンチマークの数字には常に注意が必要です。特定のワークロードや条件での最適化がなされている可能性もゼロではありません。実際の顧客環境で、多様なワークロードにおいてどの程度の性能を発揮できるのか、TCO削減にどれだけ貢献できるのか、といった点を見極める必要があります。インテルはコストパフォーマンスを強く打ち出してくるでしょうから、その費用対効果がNVIDIA製品を上回るかどうかが鍵になります。また、供給体制も重要です。AIチップの需要は凄まじく、NVIDIAでさえ供給に苦労している中、インテルが安定的にGaudi 3を供給できるかどうかも、市場シェアを獲得する上で重要な要素になります。NVIDIAの独占状態に対する政府の介入や規制動向も、長期的な投資判断には影響を与えるかもしれません。
一方、AI開発に携わる技術者のあなたなら、このGaudi 3をどう捉えるべきでしょうか? 確かに、NVIDIAのCUDAは非常に強力で、既存の資産を捨てるのは容易ではありません。しかし、もしGaudi 3が本当に優れたコストパフォーマンスと性能を提供し、かつ、既存のPyTorchやTensorFlowなどのフレームワークとの親和性が高ければ、マルチベンダー戦略を検討する価値は大いにあるでしょう。特に、推論ワークロードでは、インテルのOpenVINOのような最適化ツールは強力な選択肢になり得ます。クラウドプロバイダーがGaudi 3のインスタンスを提供し始めれば、実際に触ってみて、その実力を評価する機会も増えるはずです。新しい技術への学習コストと、それによって得られるメリットを天秤にかけることが重要になります。
個人的な経験から言わせてもらえば、AIの分野では「エコシステムが全て」と言っても過言ではありません。NVIDIAの強さは、単なるチップ性能だけでなく、CUDA、cuDNN、そして何十万という開発者が積み上げてきた知見の集合体にあるからです。インテルがこの牙城を崩すには、Gaudi 3のハードウェア性能だけでなく、oneAPIを真に普及させ、開発者にとって「使いやすい、移行しやすい」環境をどれだけ提供できるかにかかっていると私は見ています。
結局のところ、このAIアクセラレータ市場の競争の勝敗を決めるのは何だと思いますか? 究極的には、技術力だけでなく、ビジネスモデル、供給能力、そして何よりも開発者と顧客の心を掴めるかどうかにかかっていると、私は思います。インテルGaudi 3は、AIチップ市場における重要なプレイヤーとしての地位を確立しつつありますが、NVIDIAとの戦いはまだ始まったばかりです。この競争が、AIイノベーションをさらに加速させる触媒となることを期待せずにはいられませんね。