サムスンの可能性とは?
サムスン、AIチップ開発加速の真意とは? 半導体覇権を巡る静かなる戦いの行方を読む。
「サムスンが次世代AIチップ開発を加速」――このニュースを聞いて、あなたも感じているかもしれませんが、正直なところ、私は「また来たか」というのが最初の感想でした。この業界に20年もいると、大手企業が「次世代」「加速」といったキーワードを掲げる発表には、どうしても身構えてしまうものなんです。華々しい言葉の裏に、何が隠されているのか、そしてそれが本当にゲームチェンジャーとなるのか、注意深く見極める必要がありますからね。
私が初めてAIブームの兆しを目の当たりにしたのは、まだディープラーニングがここまで脚光を浴びる前、まさに冬の時代と言われた頃でした。あの頃のAIは、一部の専門家や研究者の間で「いつか来る未来」として語られる夢物語に過ぎなかった。それがどうでしょう。わずか数年で、ChatGPTに代表される生成AIの爆発的な普及によって、AIは私たちの生活やビジネスを根底から揺るがす、まさに「今そこにある危機」であり「最大のチャンス」になった。この変化の速度には、私のようなベテランでも驚かされるばかりです。
そして、このAIブームのまさに心臓部にあるのが、AIチップ、つまり半導体です。データセンターで膨大な計算を処理する高性能GPUから、スマートフォンや自動車のエッジデバイスでリアルタイムにAIを動かすNPU(Neural Processing Unit)まで、AIの進化はチップの進化なくしてはありえません。だからこそ、NVIDIAが時価総額で世界のトップ企業の一角に躍り出るなんて、10年前には想像もできなかった事態が起きているわけです。
そんな中で、サムスンの今回の発表は、単なるニュースリリース以上の意味を持っています。彼らは単なる半導体メーカーではなく、メモリからシステム半導体、そしてファウンドリ事業までを垂直統合で手掛ける、世界でも稀有な存在だからです。この巨大企業が、AIチップ開発に本腰を入れるというのは、半導体業界全体のパワーバランスを大きく揺るがす可能性を秘めている、と私は見ています。
では、具体的にサムスンは何を「加速」させようとしているのでしょうか。彼らの戦略は大きく3つの柱で構成されていると、私は分析しています。
1つ目は、AI時代を支える超高性能メモリ、HBM(High Bandwidth Memory)の覇権確立です。ご存知の通り、AIチップ、特にNVIDIAの高性能GPU「H100」や「GH200 Grace Hopper」などは、その性能を最大限に引き出すために、従来のDDRメモリではなく、HBMのような超広帯域メモリを必要とします。HBMは複数のDRAMチップを積層し、GPUと密接に接続することで、データ転送速度を劇的に向上させる技術です。サムスンはSKハイニックスと共にHBM市場をリードしており、最新の「HBM3E」はもちろん、次世代の「HBM4」の開発も急ピッチで進めています。HBM4では、HBM3Eと比較して帯域幅が大幅に向上するだけでなく、論理チップをベースダイに統合することで、より複雑な機能や高い電力効率を実現しようとしています。NVIDIAのようなAIチップ設計の巨頭が、どのHBMサプライヤーを選ぶかは、その性能と供給能力に直結します。サムスンは、この領域での絶対的な優位性を確立することで、AIエコシステムの最重要部品サプライヤーとしての地位を盤石にしようとしているのです。
2つ目は、次世代AIチップの製造を担うファウンドリ事業の強化と、微細化技術のリードです。サムスンは世界第2位のファウンドリ(半導体受託製造)企業ですが、絶対王者TSMCの背中はまだまだ遠い。しかし、彼らはAIチップの性能を決定づける微細化技術において、野心的な目標を掲げています。特に注目すべきは、従来のFinFET構造に代わる「GAAFET(Gate-All-Around FET)」技術です。サムスンは2022年に世界で初めて3nm GAAFETプロセスを量産開始したと発表し、現在は2nmプロセスの開発にも注力しています。このGAAFETは、ゲートがチャネルを完全に囲むことで、より優れた電力効率と性能を実現します。AIチップは膨大なトランジスタを搭載するため、微細化と電力効率の向上は不可欠です。サムスンは、この最先端プロセス技術を武器に、NVIDIAだけでなく、Google(TPU)、Qualcomm、そしてIntelやAMDといった競合他社のAIチップ製造も視野に入れ、ファウンドリ事業のシェア拡大を狙っています。彼らがASMLのEUV(極端紫外線リソグラフィ)装置に巨額の投資を続けているのも、この最先端プロセスでの優位性を確保するためです。
そして3つ目は、自社開発NPU(Neural Processing Unit)を含むシステムLSI事業の強化、そしてメモリと演算を融合した新アーキテクチャへの挑戦です。サムスンは、スマートフォンのSoC(System-on-a-Chip)である「Exynos」にNPUを統合するなど、エッジAI分野で実績を積んできました。しかし、彼らが目指すのはそれだけではありません。データセンター向けの大規模なAIアクセラレータや、さらにはメモリ内で直接演算を行う「PIM(Processor-in-Memory)」や、脳の神経回路を模倣した「Neuromorphic chip」といった、より根本的なAIチップアーキテクチャへの挑戦も視野に入れています。PIMは、メモリとCPU間のデータ転送ボトルネック(フォン・ノイマン・ボトルネック)を解消し、AI処理の効率を劇的に向上させる可能性を秘めています。また、Neuromorphic chipは、将来的な超低消費電力AIを実現するカギとなるかもしれません。これらの技術はまだ実用化へのハードルが高いものの、長期的な視点で見れば、AIチップのあり方を根本から変える可能性を秘めています。正直なところ、これらの先進技術が本当に市場を席巻するかどうか、まだ懐疑的な部分もありますが、サムスンがそこに挑戦し続ける姿勢は評価すべきです。
この3つの柱は、サムスンがNVIDIAのようなAIチップ設計専門企業や、TSMCのようなファウンドリ専業企業とは異なる、垂直統合型のAI半導体エコシステムを構築しようとしていることの表れだと私は考えています。HBMという最重要部品から、最先端プロセスでの製造、そして自社でのAIチップ設計能力までを揃えることで、彼らはAI時代の半導体サプライチェーンにおける支配力を高めようとしているのです。
しかし、道は平坦ではありません。TSMCは、パッケージング技術においても「CoWoS(Chip-on-Wafer-on-Substrate)」のような先進技術でNVIDIAとの連携を深めており、サムスンも「Advanced Packaging」技術、例えば「Fan-out Wafer Level Packaging (FoWLP)」などでの追撃を急いでいます。また、チップレット技術の標準化が進む中で、「UCIe(Universal Chiplet Interconnect Express)」や「CXL(Compute Express Link)」といったオープンスタンダードへの対応も、今後のAIチップ開発には不可欠です。これらの標準化の動きは、特定の企業が半導体エコシステム全体を支配することを難しくする一方で、新たな協業の形を生み出す可能性も秘めています。
この激しい競争の中で、投資家や技術者は何をすべきでしょうか。
投資家の方々には、短期的なニュースのヘッドラインに惑わされず、サムスンのような企業の「発表」と「実際の製品化・顧客獲得」の間に存在するギャップを見極める冷静な目を持ってほしいと願っています。半導体産業は設備投資が莫大であり、技術的なブレークスルーから量産、そして市場での成功までには長い道のりがあります。サムスンの野心的な目標は素晴らしいですが、それが実際に収益にどう貢献していくのか、特にTSMCとのファウンドリ競争の行方、そしてNVIDIAや他のAIチップ設計企業との協業関係の変化を注視することが重要です。また、半導体製造装置(ASML、東京エレクトロン、Lam Researchなど)や素材(信越化学、SUMCOなど)といった、サプライチェーン上流の動向にも目を光らせることで、より多角的な投資戦略が描けるはずです。
一方、私たち技術者にとっては、これは非常にエキサイティングな時代です。HBM、PIM、GAAFET、Advanced Packagingといった最先端技術の動向はもちろんのこと、AIチップのアーキテクチャ自体が大きく変化しようとしていることを理解し、学習し続ける必要があります。ただ高性能なチップを設計するだけでなく、ソフトウェアとの連携、システムの最適化、そして電力効率といった側面が、これまで以上に重要になります。特に、オープンスタンダードであるUCIeやCXLのようなインターコネクト技術は、異なるベンダーのチップを組み合わせてシステムを構築する「チップレット」時代の基盤となるため、その理解は不可欠です。私たち技術者は、ただニュースを消費するだけでなく、それが自分の仕事や研究にどう影響するかを深く掘り下げ、新たな価値創造の機会を探るべきです。
正直なところ、この戦いはまだ始まったばかりだと私は感じています。サムスンがAIチップ開発を加速させることは、NVIDIA、TSMC、Intel、AMD、そしてGoogleやMetaといった巨大テック企業が入り乱れるAI半導体市場の競争を、さらに激化させることは間違いありません。この激動の時代に、私たち一人ひとりがどう向き合い、どんな価値を創造できるのか。あなたも、一緒に考えてみませんか?