ソフトバンクの物理AI投資、その真意はどこにあるのか?
ソフトバンクの物理AI投資、その真意はどこにあるのか?
「またソフトバンクが巨額投資か!」――正直なところ、このニュースを聞いた時、私の最初の反応はこれでした。54億ドル、日本円にして約8,187億円を投じてスイスのエンジニアリング大手ABBのロボティクス事業部門を買収する、と。あなたも感じているかもしれませんが、孫さん(孫正義氏)の動きはいつも大胆で、時に常識を覆すものですよね。しかし、20年間AI業界の浮き沈みを間近で見てきた私としては、この「フィジカルAI」への傾倒には、単なる投機ではない、もっと深い戦略的な意図を感じずにはいられません。
考えてみてください。私たちがAIという言葉を聞いて思い浮かべるのは、多くの場合、クラウド上の大規模言語モデルや画像生成AIといった「デジタルな知性」ではないでしょうか。しかし、AIが真に社会インフラとして機能するためには、その知性が物理世界とインタラクションし、具体的なタスクを実行する能力が不可欠です。まさに、ロボットやドローンといった「身体」を持ち、センサーを通じて現実世界の情報を認識し、AIの頭脳で判断し、モーターやアームといった手足を動かして物理的なタスクを実行する、それがフィジカルAIの本質です。
私がこの業界に入った頃、ロボットはまだ工場の中の「自動機械」という位置づけが強く、AIとの融合はSFの世界の話でした。しかし、ここ数年で、AIチップの進化、次世代コンピューティングの発展、そしてデータセンターの高性能化が、このフィジカルAIの実現を現実のものとしています。ソフトバンクグループが掲げるAIに関する4つの重点領域――AIチップ、AIロボット、AIデータセンター、そしてエネルギー――は、まさにこの壮大なビジョンを支える柱なのです。
今回のABBロボティクス買収は、その中でも特に「AIロボット」の領域を決定的に強化する一手と言えるでしょう。ABBロボティクスは、工場で精密な動きをする大型ロボットアームなどの産業用ロボットの分野で確固たる地位を築いています。約7,000人もの従業員を抱えるこの部門は、長年の経験と技術の蓄積があります。ソフトバンクは、この実績あるプラットフォームに、自社のAI技術、そしてこれまで投資してきたAutoStore(倉庫自動化システム)、Agile Robots(協働ロボット)、さらには汎用AI技術を持つSkild AIといったスタートアップの技術を統合しようとしているのです。これは、単にロボットを動かすだけでなく、より高度な知性を持たせ、複雑な環境下で自律的に判断し行動できる「賢いロボット」を生み出すための垂直統合戦略だと私は見ています。
孫正義氏が繰り返し語る「人工超知能(ASI)」の実現という目標も、この文脈で理解できます。人間の知能をあらゆる面で超越するASIが、もし物理的な身体を持たなければ、その能力はデジタル空間に限定されてしまいます。しかし、フィジカルAIとして現実世界で活動できるようになれば、その影響力は計り知れません。2026年半ばから後半に買収が完了する見込みですが、その時までに、ソフトバンクがどのような具体的なロードマップを描いているのか、非常に興味深いところです。
この動きは、投資家にとっても技術者にとっても、重要な示唆を与えてくれます。投資家であれば、これは短期的なリターンを追うのではなく、数十年先の未来を見据えた「超長期投資」であると理解すべきでしょう。リスクは高いかもしれませんが、もしこのビジョンが実現すれば、そのリターンは計り知れません。一方、技術者の皆さんには、AI開発の焦点が、単なるアルゴリズムやモデルの改善だけでなく、いかにその知性を物理世界に実装し、安全かつ効率的に機能させるか、という点に移りつつあることを強く意識してほしいですね。センサーデータの処理、リアルタイム制御、そして物理的な安全性確保といった、新たな課題が山積しています。
ソフトバンクのこの大胆な一歩は、AIが私たちの社会にどのように浸透していくのか、その未来の姿を大きく左右する可能性を秘めています。デジタルとフィジカルの融合が進む中で、私たちはどのような新しい価値を創造できるのでしょうか?そして、この壮大なビジョンは、本当に人類を進化させる画期的な進化を推進するのでしょうか?私自身、その答えを追い続ける日々です。