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LillyのTuneLab:創薬AIの真価はどこに?

Lilly、AI創薬プラットフォーム「TuneLab」発表について詳細に分析します。

LillyのTuneLab:創薬AIの真価はどこに?

「LillyがAI創薬プラットフォーム『TuneLab』を発表!」――このニュースを聞いた時、正直なところ、私は少し身構えてしまいました。あなたも同じように感じたかもしれませんね。また新しいAIプラットフォームか、と。この業界を20年間ウォッチし続けてきた私にとって、AI創薬のニュースは常に期待と、そしてある種の懐疑が入り混じった感情を呼び起こします。

思えば、過去にも「AIが創薬を劇的に変える」という触れ込みは何度もありました。シリコンバレーのスタートアップが鳴り物入りで登場し、華々しい技術を発表するものの、結局はデータの壁や生物学的な複雑さに阻まれ、期待通りの成果を出せずに消えていったケースも少なくありません。個人的には、AIが「魔法の杖」のように語られる時期には、特に慎重になるようにしています。技術の本質を見極め、それが本当に「使える」ものなのか、それとも単なる「バズワード」なのかを見極めるのが、私たちの仕事ですから。

しかし、今回のEli Lilly and Company(Lilly)の発表は、少しばかり重みが違います。何と言っても、Lillyは1876年創業の老舗であり、インディアナ州インディアナポリスに本社を置く、世界で最も価値のある製薬会社です。2024年10月時点で時価総額8,420億ドルという数字は伊達ではありません。糖尿病治療薬のHumalog、Trulicity、Jardiance、腫瘍薬のAlimta、抗うつ薬のProzacなど、数々の実績を持つ彼らが、本腰を入れてAIに投資する。これは単なる流行りでは終わらない可能性を秘めている、と直感しました。

Lillyが今回立ち上げたAI/機械学習(AI/ML)プラットフォーム「Lilly TuneLab」は、彼らの「Catalyze360イニシアチブ」の一環として位置づけられています。このイニシアチブは、Lilly Venturesを通じた戦略的資金提供、Lilly Gateway Labsの最先端ラボ施設、そしてLilly ExploR&Dによる創薬開発の専門知識を組み合わせることで、バイオテクノロジー企業との連携を強化しようというものです。つまり、TuneLabは単体の技術発表ではなく、Lillyの包括的なエコシステム戦略の中に組み込まれている、ということですね。

TuneLabの核心は、Lillyが長年にわたって蓄積してきた独自の、そして非常に価値の高い研究データで訓練された創薬モデルを、外部のバイオテクノロジー企業に提供する点にあります。発表によれば、このAIモデルの最初のリリースには、10億ドル以上の費用をかけて取得されたLilly独自のデータが含まれているとのこと。これは、業界で利用可能なAIシステムを訓練するためのデータセットとしては、最も価値のあるものの1つとされています。この「データの質と量」こそが、AI創薬の成否を分ける最大の要因だと、私は20年間見てきました。質の低いデータでいくら高度なアルゴリズムを回しても、ゴミからはゴミしか生まれませんからね。

技術的な側面で注目すべきは、「フェデレーテッドラーニング(連合学習)」の採用です。TuneLabはサードパーティによってホストされ、このプライバシー保護アプローチを用いることで、バイオテクノロジー企業はLillyのAIモデルを利用しながらも、自社の独自のデータやLillyのデータを直接公開することなくアクセスできる、という仕組みです。これは非常に賢いやり方だと感じました。データ共有の障壁は、AI開発における大きな課題の1つですから、このアプローチは75%以上の企業にとって魅力的に映るでしょう。アクセスと引き換えに、選択されたバイオテクノロジーパートナーはトレーニングデータを提供し、それがエコシステム全体の継続的な改善を促進するという、まさにWin-Winの関係を目指しているわけです。Lillyの包括的な薬物動態(PK)、安全性、および前臨床データセット、数十万のユニークな分子から得られた実験データが、この連合学習の基盤となるわけです。将来的には、in vivo小分子予測モデルの追加も計画されているとのことで、その進化にも期待が高まります。

では、このTuneLabの発表は、投資家や技術者にとって何を意味するのでしょうか?

投資家の皆さんには、短期的な「AIブーム」に乗るのではなく、Lillyの長期的な戦略と、このプラットフォームがどれだけ彼らのR&Dパイプラインに統合され、具体的な成果を生み出すかを見極める視点を持ってほしいですね。Lillyの強力な財務状況、例えば業界をリードする売上総利益率83%という数字は、彼らがこの大規模なAI投資を継続できる体力があることを示しています。しかし、AI創薬はまだ黎明期。成功には時間と忍耐が必要です。他のAI創薬企業、例えばBenevolentAI、Recursion Pharmaceuticals、Insilico Medicine、Exscientia、Atomwiseといった企業群との競争の中で、Lillyがどのような差別化を図っていくのか、その動向を注視する必要があるでしょう。

そして、現場の技術者や研究者の皆さん。これは、AI/MLの専門知識と、化学、生物学、薬学といったドメイン知識の融合が、これまで以上に求められる時代になった、という明確なメッセージだと受け止めるべきです。データサイエンティストとウェットラボの研究者が、より密接に連携し、互いの専門性を理解し合うことが不可欠になります。TuneLabのようなプラットフォームは、彼らの作業を加速させる強力なツールとなり得ますが、最終的に新しい薬を生み出すのは、人間の洞察力と創造性であることに変わりはありません。グローバルテクノロジープロバイダーやAI/ML専門家とのパートナーシップを通じて開発されたという背景も、この融合の重要性を物語っています。

LillyのTuneLabは、AI創薬の新たなフェーズを告げるものかもしれません。しかし、その真価が問われるのはこれからです。果たして、TuneLabはLillyの、そしてAI創薬全体の未来を本当に「チューニング」できるのでしょうか? 私たちは、その答えを注意深く見守っていく必要がありますね。